近年、再生医療に関する朗報ニュースをよく耳にするようになりました。ここ最近ですと、大阪大学による涙腺細胞の作製が世界で初めて成功に至りました。今回は、そんな再生医療に大きく貢献しているヒトiPS細胞について、特徴や注目点、今後の期待についてお話しできたらと思います。
再生医療とは?
再生医療とは、人体の組織が欠損し、機能を失ってしまった場合に体が持っている自己再生修復力を引き出して、その機能を回復させる医学行為です。手法としては、クローン作製、臓器培養、多能性幹細胞(ES細胞・iPS細胞)の利用などがあります。
iPS細胞とは?
iPS細胞(induced pluripotent stem cell)とは、2006年に誕生した新しい多能性幹細胞で、再生医療に欠かせない重要な要となっています。1981年に受精卵を用いたヒトES細胞(embryonic stem cell)の樹立に成功し、再生医療の研究がさらに飛躍すると期待されました。しかし、本来子供へと成長する受精卵を壊すことによる倫理的観点による規制や他人の細胞を用いたことによる拒絶反応の問題が大きな課題でした。このような問題を回避するため、京都大学の山中伸弥教授らのグループは2006年にマウスの、翌年にはヒトの皮膚細胞からiPS細胞の樹立に世界で初めて成功しました。受精後6,7日目の廃盤胞から採取され、それを培養することで作製されるES細胞と違い、皮膚や血液などの採取しやすい体細胞から作製できるiPS細胞は、作製の難易度を下げるとともに拒絶反応が起こりにくいと考えられています。
iPS細胞の作製方法
新しい多能性幹細胞の作製方法の研究に取り組んでいた山中教授は、ES細胞で特徴的に働いてる4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を膨大な数の中から見つけ出し、マウスの皮膚細胞に導入し数週間培養しました。すると、導入した遺伝子の働きにより、ES細胞に似たような分化能を有した多能性幹細胞が出来ました。これが2006年に誕生したマウスiPS細胞です。翌年には、同様の4つの遺伝子をヒトの皮膚細胞に導入し、2007年にヒトiPS細胞の作製に成功しました。
iPS細胞のの医療への応用
iPS細胞細胞を用いた研究は、再生医療の他にも創薬研究やガン治療にも役立てられています。実用化に向けた製品開発も行われており、今後再生医療のさらなる躍進が期待できそうです。以下にiPS細胞を用いて治療が期待できる疾患等をまとめてみました。
脊髄損傷・神経疾患
脊髄損傷とは、交通事故や転倒などを原因として脊髄が損傷を受け、運動や感覚機能に麻痺が生じる状態を指します。未だに確立した治療法はなく、受傷した患者さんは車椅子生活を余儀なくされています。慶応義塾大学の岡野栄之教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞を用いて、神経の細胞に分化させ、損傷部位に細胞移植することで機能回復を試みるという研究に取り組んでいます。2021年12月には、世界で初めて、患者への細胞移植が実施され、安全性等が確認されました。今後、大きな期待と注目が高まります。
網膜、角膜細胞
眼関連の疾患で、「網膜色素変性症」や「加齢黄斑変性症」があります。高齢の方に多く、視野が狭くなったり、視力が低下する病気です。本件に関しても、ヒトiPS細胞を用いた移植手術が実施されており、治療への希望が高まっています。
腎疾患
慢性腎臓病(CKD)の患者は多く、進行を食い止める有効な治療法がありません。この問題を解決するためにヒトiPSを用いた再生医療に期待が集まっています。この研究がうまくいけば、CKDの進行を抑制し、透析療法を防ぐ新しい医療ができるようになります。
肝疾患
肝疾患に対しては、既にヒトiPS細胞を用いたミニ肝臓の大量製造に成功しており、肝疾患動物モデルに対し、治療の有効性も実証されています。臓器不全症に対し、ドナー臓器の提供が不足している中、臓器移植に代わる大きな治療法につながると期待されています。
脱毛症
iPS細胞を用いた毛髪の再生にも注目が集まっています。慶応義塾大の岡野栄之教授らはヒトiPS細胞を用いて、毛を作り出す「毛包」と呼ばれる組織を作り出すことに成功し、マウス実験でも成功しています。脱毛症の治療に役立つほか、発毛剤の開発にも期待がもたれています。
さらに詳しく
涙腺細胞の作製に成功!
2022年4月に大阪大学大学院医学系研究科の研究グループがヒトiPS細胞から涙腺オルガノイドを作製する方法を新たに確立しました。これまで再生が不可能とされた涙腺組織をヒトiPS細胞で作製することが可能となることで、重篤ドライアイに対する再生治療法において大きな進捗が期待されます。
参考サイト:京都大学iPS研究所:https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html